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「故人を悼む気持ちは変わらない! 日本と海外の葬儀を比べてみた!」

日本で誰かが亡くなった時、お坊さんが来てお葬式をして、ご遺体は火葬場で荼毘(=火葬)に臥して遺骨とし、お墓に入れてあげる…これが日本の一般的な葬儀の流れですが、海外の葬儀は別のしきたりがあります。

人の死を悼む行為は、国や地域、そして宗教によって葬儀の流れや目的も変わってくるもので、人の死に関してもやはり「文化」があるものだと感じます。

そこで今回は、日本と海外の葬儀のあり方などについて、詳しく解説しましょう。

1.故人を悼む方法は宗教や宗派によって大きく異なる

まず、故人を悼む方法は、日本と海外で大きく違います。

それは、宗教による違い、民族による違いなどさまざまな違いがありますが、同じ宗教でも宗派によって葬儀のあり方は大きく変わります…日本、海外、それぞれの特徴については別の章で詳しく解説します。

宗教や宗派によって、故人を悼む方法や葬儀の方法が大きく違うのは、死に対する向き合い方や捉え方が違うことも要因の1つです。

例えば日本の仏教の場合、亡くなった人は「極楽浄土に行く」といわれ、次の世界で穏やかに暮らすイメージを持ちますが、欧米のキリスト教の場合、「キリストさまの元に帰る」と称され、さらにレベルアップしたと受け取られます。このような違いがあるのも、興味深いことだと思います。

2.日本の葬儀の特徴

それでは、日本の葬儀について、その特徴をピックアップしてみましょう。

(1)多くの参列者がやってくる

まず、日本の葬儀の場合は、故人とのお別れをする「告別式」だけでなく「通夜」など、さまざまな機会を設けて故人を悼む機会を設けます。

それぞれの儀式ごとに参列者が多いのも、日本の葬儀の特徴です。

例えば「告別式に参加できないので通夜だけに参加する」というスタイルも一般的です。

遺族や親族だけでなく、多くの人々に死を悼んでもらうことで、極楽浄土に行くことができる、そしてあの世でも穏やかに過ごして欲しい。

そのためには、現世でいろいろな人々が供養に関わることが必要…そんな、仏教の考え方が浸透しているからゆえのしきたりです。

(2)没後の供養行事が多い

日本の葬儀の場合、火葬場で荼毘に付した後、「精進落とし」と呼ばれる行事があります。

これは、故人を悼むとともに参列者を慰労する行事であり、この日を境に7日ごとに行う供養、49日目に遺骨を墓地などに納骨する「四十九日」が行われ、そのたびにお坊さんがやってきて供養を行います。

その後も「一周忌」「三回忌」など、故人が没した日を基準として、その後も幾度となく供養行事が行われるのは、日本の仏教ならではです。

それぞれの供養行事では、そのたびにお布施や返礼品が必要なので、遺族の金銭的な負担はかなりのものになりますが、参列者がその都度香典などを包んでくれるので、かかる費用の半額程度はそれらで補填することができます。

(3)葬儀の形式によって費用の幅が大きい

日本の葬儀の特徴は、その形式によって費用の幅が大きいことです。最近では「安価で済ませる葬儀」などのキャッチコピーで、葬儀を一切行わない「直葬」を請け負う葬祭業者も出てきました。

葬儀の費用も、葬儀の規模や形式によって大きく変わってきますが、205.7万円がおおよその相場となっています。

とはいえ葬儀一式にかかる費用ではなく、下記のような内容が含まれていることを確認しておきましょう。

・ 葬儀一式:123.2万円
・ お布施:47.3万円
・ 飲食接待:35.2万円

葬儀の費用としては、葬儀等参列者への返礼品および必要な飲食代の費用、宗教者への御布施がその大半を占めます。

飲食費や返礼品にも費用がかかることが、覚えておきたいポイントです。

これらの費用は、香典を包んでくださることもあり、およそ半額はそれらの費用で賄えるのが一般的でした。

ですが、最近は一般の参列者を招かない「家族葬」が多く、香典をもらう機会が少なくなったことで、葬儀費用を喪主や遺族が負担する場合も増えています。

「家族葬」の話をしましたが、最近は多くの人々を葬儀等に招かず、身内だけで静かに葬儀を行うことも「葬儀の在り方」として認識されるようになりました。

特に最近では、葬儀そのものを簡略化する直葬(ちょくそう・じきそう)が徐々に広まっています。

直葬は、宗教的な儀式を一切行わず、亡くなった場所から火葬場にご遺体を運んで火葬を行い、告別式などは家族で読経する程度の葬儀スタイルです。

直葬は、必要最低限の物品やサービスしか必要としないため、費用が15万円から25万円程度と安くなりますが、参列者が皆無のため香典をいただくことが無くなる分、必要な費用のすべてを喪主や遺族が負担するデメリットもあります。

そもそも、日本の葬儀に費用が掛かるのは、相互扶助の精神が根付いていることもあり、お互いに助け合って故人を供養しようとする風習が残っているからです。

今後、相互扶助の精神が次第に失われていく事も懸念されていますが、日本人が日本人たる部分でもあるわけで、失われていくことを危惧する声の方が大きいです。

3.海外の葬儀の特徴

では、続いて海外の葬儀の特徴を見てみましょう。

今回は、日本にも信者がおられるキリスト教と欧米の葬儀を中心に比較してみます。

(1)故人の「旅立ち」を祝するイメージ

キリスト教の考え方は、故人は「神の子」であり、亡くなってキリストのところ、つまり親の元に戻る(帰る)ことで、次のステージに進む「ステップアップ」の考え方です。

今までよく頑張ってこの世で過ごしてきた、自身の成長のために、今度は神のそばで自分を高められるよう、頑張れよ!と言うようなイメージです。

海外映画を見ると、聖歌隊が歌唱しているシーンも多く見られますが、あの時の「讃美歌」は供養と言うよりは「おめでとう!」「がんばってこいよ!」というエールの一面もあるのです。

(2)没後の供養行事が少ない

キリスト教、それにイスラム教は仏教と比べて、没後の行事が少ないのが特徴です。

仏教がそもそも「故人の悟りを開きなさい」というスタイルなのに対して、キリスト教やイスラム教は「神の子として次でもがんばりなさい」というスタイルです。

そのため、何度も供養をすることはあり得ないのです。
とはいっても、故人を悼まないわけではなく、キリスト教の場合は故人が亡くなった日やキリストの誕生日に供養のためにミサを開くことが多く行われています。

(3)費用は比較的安価なことが多い

日本の葬儀に比べて、海外の葬儀は基本的に安いです。

というよりは、日本の葬儀費用が高すぎると言った方がよいのかもしれません。

アメリカは約45万、ドイツは約20万、イギリスに至っては約12万という費用なのに対し、先述した通り日本はおよそ205.7万円です。

宗教や宗派、文化の違いがあるというもの、明らかにけた違いなのは驚きです。

最も安価なイギリスの場合、葬儀はキリスト教式で牧師に寸志程度の費用を払い、参列者は自宅から持ち寄った花を故人に手向け、棺をそのまま車に乗せて移動し、お墓に収めるときは土葬になります。

4.日本の葬儀の特徴とメリット

日本の葬儀は、海外と違って親族が一堂に会する事が多く、その家の一族の歴史を知るきっかけになったり、親族同士が費用を分担したりするなど、みんなで故人を悼む風習となっているものです。

そのため、故人の遺産相続などにおいても、一堂に会することで話し合いの機会が自然に生まれるなど、没後の重要な話し合いが一堂に行えるのもメリットと言えるでしょう。

あと、通夜や告別式の後に会食をすることは日本の葬儀ならではと言えるでしょう。

関東地方では一般参列者も会食に参加をします。多くの人が食事をするため、オードブルやお寿司など、大皿で料理が用意されることが特徴となります。

この時、参列者は一口でも料理を口にするのがマナーとされています。

一方、東広島では、会食の際に一般参列者は速やかに帰宅し、遺族や親族のみで会食を行います。

また、福山や岡山の備後地区では葬儀の日の朝に親族が集まり会食をする「おとき」という習慣があります。

このように、地方ごとにさまざまな風習があるのも、日本の葬儀の特徴です。

その他、山陰地方などは骨葬といって先に火葬をしてお骨にしてから葬儀をする地域もあれば、葬儀を近所の住民が手伝って運営する風習が残っている地域もあるなど、地域によって様々な特徴があります。

また、葬儀を行う日として六曜の「友引」を避ける習慣もありました。

これは「故人が友を引いていく」「不幸が連鎖する」事を避けるための習慣で、火葬場も定休日になっているところも多かったのです。

ですが、最近は友引を避けて葬儀、と言うことはあまり見られなくなり、火葬場も友引に開場している場合が増えてきました。

5.まとめ

日本と海外の葬儀を比べてみると、死生観(=死に対する考え方)が大きく違うことで、葬儀にも特徴が表れているといえます。

葬儀には「どの方法が正しいか正しくないか」など、明確な答えや基準はありません。

海外ではこうだから日本のお葬式はおかしいと安易に決定するのではなく、それぞれのしきたりや考え方の中で、故人にとって一番喜ばれる方法はどれか、遺族にとって一番安心できる葬儀は何だろうと、みんなで考えながら葬儀や供養を執り行っていくのが一番大切なことなのかもしれません。

特に最近、日本でも「無宗教」という言葉が当たり前のように聞かれるようになり、今後はさらに死生観も変化していくことが予想されています。

どれが正しい、という答えはもちろんありませんが、機会があれば大切な人が亡くなった時、自分はどうしてあげたいのかを、考えてみるのも大切なのではないでしょうか。